トラウマのような過去の出来事への不安や怒りを無効化し、記憶を上書きするテクニック
誰もがトラウマのような嫌な過去を思い出し、不安や怒りを覚えることがあると思います。人間の記憶は不便なものであり、嫌な出来事は思い出しては黒歴史として心の奥底に閉まっておくことしかできないわけです。
失恋やいじめ、大きな事件まで、心に一度傷がつくとなかなか修復できないもので、シコ助もたまに思い出しては「ウァーー」と声を出したくなるものです。
先日、ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドという映画をみました。
タランティーノ監督、レオナルドデカプリオ、ブラットピット主演という映画界のスターが結集した作品となっています。
このワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドという映画は、1969年8月9日に起きた「シャロンテート事件」を題材としたものとなっています。
シャロンテート事件とはハリウッド女優シャロンがカルト信者にお腹の赤ちゃんごと殺害されるという、当時のハリウッドを震撼させた事件です。
劇中ではシャロンが殺害されるまでのストーリが淡々と進みます。ただハリウッドは映画産業の中心であり、活気があり、美しい街並みの描写もあり、本当に事件がおきるの?という疑いもしかり、結局映画の中での事件は未遂に終わり、代わりに犯人役であるカルト信者がボッコボコにされるという爽快なストーリーで終わるのです。
2019年8月、ちょうど50年後にこのワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドが公開されたのですが、なぜタランティーノはこの事件を題材にして、さらに事実と異なる結果で終わらしたのでしょうか?
過去の出来事に不安や怒りを持つこと
過去の出来事は事実として変えられません。いくら悩んだり、思い返したりしても、辛い記憶が蘇るだけで、どんな人に助言を求めても、結局は忘れることしかないということに気づくでしょう。
タランティーノ監督自身、ロサンゼルスで青春を過ごし、映画監督兼映画オタクとして有名な方ですが、このシャロンテート事件は幼きハリウッドの映画マニアとしては、切っても切れない過去の辛い出来事としてあったと思います。
タランティーノ監督はその事件に不安や怒りを覚え、どうにもできない事実に絶望を感じていたと思います。
映画の力で過去の事実を捻じ曲げる
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドのラストはカルト信者をボッコボコにします。もう人の原型がないほどボッコボコにします笑。映画館で『えぇぇ!!』って驚きの笑いが出るほどです。劇中では声高にヒッピー文化を否定し、嘲笑い、今では映画界の象徴となったブラピが、ハリウッド文化を舐めるなという程にカルト信者をぶっ倒します。
この描写に対してシコ助はタランティーノ監督の、事件へ行き場のない怒りや憎しみを映画の中でぶつけたのだろうと感じてしまうのです。おそらく、少なくともタランティーノ監督の記憶をこの映画で上書きし、自分の脳みその過去の事実を曲げているように思えるのです。
イングロリアスバスターズというナチスを題材にした映画を作成した時に、タランティーノ監督はこう発言しています。
タランティーノ自身、『イングロリアス』に込めた思いをこう語っている。「映画の力でナチスを倒すという点が気に入っている。映画の力といっても比喩的な意味ではなく、現実として」
「映画の力といっても比喩的な意味でなく、現実として」の解釈ですが、過去の出来事は、あくまでも人の記憶の中にあるもので、それに別のストーリーを記憶として書き足すことによって、過去の記憶を上書きする、現実を捻じ曲げることができるという考え方です。
自分のストーリーで復讐する
つまりタランティーノ監督のなかで、このシャロンテート事件は、一般に言われるストーリー(事実)とは違うストーリーで記憶されているのです。
つまりタランティーノ監督がシャロンテート事件を思い出すとき、ワンスアポンインハリウッドのラストシーンも思い出し、爽快なラストで完結しているのです。
過去の出来事をストーリーで上書きする
このストーリーの上書きは、タランティーノ自身に限らず、例えば映画を見た人間にとっても記憶を上書きすることで、トラウマのような過去の出来事が癒えるわけです。
人間の記憶は、10000億以上あるといわれている脳の中の神経細胞のネットワークの複雑な配列の中で無意識の領域に保存されており、無意識は作られたイメージと、実際に体験した記憶の区別をすることはできないとのこと。
作られた記憶がリアルであればあるほど、自分で信じようとする作用が大きければ大きいほど、現実と作られたイメージの境界線は薄れて行くのです。
映画に限らず、小説やドラマや漫画でも、リアルさと信じる意思があれば誰でも記憶を上書きできるわけです。
以上、トラウマのような過去の出来事に不安や怒りを無効化し、記憶を上書きするテクニックでした。